過剰安全装置
ホモサピエンスが誕生してから約10万年の間に、人間の高度な能力(分析力、計画力、想像力、コミュニケーション能力)は大きく進化しました。
ところが、人間の心は「幸せを感じるため」に進化したわけではありません。むしろ、危険だらけの環境で生き延びるために最適化されてきました。
あなたが狩猟採集民だと想像してください。生存し、子孫を残すために本質的に必要なものは四つあります:食糧、水、隠れ家、そしてセックスです。
ただし、死んでしまえばこれらすべてが無意味になります。
そのため、原始人の心を占める最優先事項は、自分を傷つけそうなものに気を配り、危険を避けることでした。
原始の心は「殺されない」ための装置だでした。そしてこれがすごく役に立ちました。危険を予知して避けることができれば、私たちの先祖は長生きできて、たくさんの子供を作ることができたわけです。
私たちの心は、もともと「危険を察知して避けるための道具」として進化してきました。
何万年もの間、人間は命の危険と隣り合わせの生活をしていました。
だからこそ、少しでも怪しい音や動きに反応し、「それは安全か?それとも危険か?」とすぐに判断できる心が役に立っていたのです。
しかし、現代では状況が変わりました。
今の私たちが直面する「危険」は、猛獣に襲われることではなく、たとえば…
- 仕事を失うこと
- 誰かに嫌われること
- ミスをして恥をかくこと
- 病気になること
といった、目に見えない・すぐには起こらない心配ごとばかりです。
その結果、私たちの心はほとんどの場合「起こらないかもしれない未来の不安」に時間とエネルギーを使ってしまうのです。
実際には起こらないことを、まるで本当に起きるかのように感じて、ずっと悩んでしまう…。そんなふうに、進化した心が今の時代には裏目に出ることもあるのです。