過剰安全装置

過剰安全装置

ホモサピエンスが誕生してから約10万年の間に、人間の高度な能力(分析力、計画力、想像力、コミュニケーション能力)は大きく進化しました。 ところが、人間の心は「幸せを感じるため」に進化したわけではありません。むしろ、危険だらけの環境で生き延びるために最適化されてきました。 あなたが狩猟採集民だと想像してください。生存し、子孫を残すために本質的に必要なものは四つあります:食糧、水、隠れ家、そしてセックスです。 ただし、死んでしまえばこれらすべてが無意味になります。 そのため、原始人の心を占める最優先事項は、自分を傷つけそうなものに気を配り、危険を避けることでした。 原始の心は「殺されない」ための装置だでした。そしてこれがすごく役に立ちました。危険を予知して避けることができれば、私たちの先祖は長生きできて、たくさんの子供を作ることができたわけです。 私たちの心は、もともと「危険を察知して避けるための道具」として進化してきました。 何万年もの間、人間は命の危険と隣り合わせの生活をしていました。 だからこそ、少しでも怪しい音や動きに反応し、
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Fix

Fix

「幸福」という言葉には皮肉な面があります。もともと「幸福」は「偶然起こること」を意味する言葉で、予期しない良いことや素晴らしい出来事、思いがけないチャンスに対する感謝を表していました。 皮肉だというのは、人々が幸福を求めるだけでは満足せず、それを手放さないようにしがみつこうとするからです。そして不幸なことを何としても避けようと必死になり、かえって苦しい状況に陥ってしまうのです。 困ったことに、幸福をコントロールしようとする努力は非常に疲れるものです。さらに、そうした努力は決まった型にはまった、柔軟性のない、頑なで融通の利かないものになってしまいがちなのです。 幸福とは単に気持ち良くなることではありません。もしそうであれば、地球上で最も幸福なのは麻薬常用者ということになってしまいます。実際には、気持ち良さだけを追い求めることは、ひどく不幸なことなのです。 麻薬常用者が「気持ち良くなるための方法」、つまり麻薬を打つことを「くっつける(fix)」と表現するのは偶然ではありません。彼らは薬物によって何かをあるべき場所に固定しようとしているのです。しか
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受容

受容

「アクセプタンス」とは、つらい気持ちやイヤな考えが出てきたときに、それを無理に消そうとせず、「今そう感じているんだな」とそのまま受けとめることです。良い・悪いと決めつけず、やわらかい気持ちで見つめる姿勢のことをいいます。 「アクセプタンス」は、自分の気持ちや感覚にただひたすら集中して浸ること(自己没頭)とは違います。大事なのは、自分の内面に対して開かれた態度を持つことですが、それ自体がゴールではありません。 ただ一日中、自分の感情や体の感覚ばかりを感じていれば心が健康になる、というものではないのです。 また、「アクセプタンス」とは、すべてを手放して、心に浮かぶ記憶や思いを細かく覚えていようとすることでもありません。流れてくる体験にただ気づいていることが大切であって、それをコントロールしたり、すべて記憶しようとする必要はないのです。 ここでいう「アクセプタンス」とは、ただ受け身で我慢することではなく、柔軟で前向きな姿勢のことです。たとえ感情が強く揺れ動いているときでも、その体験に注意を向けて観察し、そのうえで意味があるときには、その気持ちや思いを行動に生かせるよう
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Two Pain

Two Pain

私たちが感じる「痛み」には、大きく分けて二つの種類があります。一つは「きれいな痛み」、もう一つは「きたない痛み」です。この二つを区別することは、心の健康を保つうえでとても大切です。 きれいな痛みとは、人生のなかで実際に起きた出来事に対して、私たちが自然に感じる不快感やつらさのことです。たとえば、大切な人との別れ、仕事での失敗、夢が叶わなかったときの悲しみなどがそうです。もちろん気持ちの良いものではありませんが、それは「正常で自然な感情」であり、人として健全な反応です。 それに対して、きたない痛みは、そうしたきれいな痛みを感じたくない、避けたい、消したいと無理にコントロールしようとするなかで生まれる二次的な苦しみです。たとえば、「こんなことで落ち込んじゃだめだ」と自分を責めたり、気を紛らわせようと無理に明るくふるまったり、現実から逃げるようにスマホやお酒に依存してしまうようなとき、私たちはこの「きたない痛み」に巻き込まれています。 多くの人が、この「きたない痛み」の渦のなかでもがきながら、「もしできることなら、最初の“きれいな痛み”だけを感じていられる状態に戻りた
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恐れとの遭遇

恐れとの遭遇

プラネタリウムとチャリ 恐怖という心の状態があります。恐怖を感じたとき、私たちはたいていそれを何とかしようとして、別のことをします。たとえば、真夜中に起きて本を読んだり、テレビを見たりする。頭の中で空想を広げたり、別のことを考えて気を紛らわせたりします。 おそらく最悪なのは、自分が恐怖にとらわれていることに気づかず、恐怖と一体化してしまうことです。その結果、1〜2時間ものあいだ、恐怖に完全に押しつぶされてしまうのです。 恐怖を感じたとき、大切なのは、それを「自分の一部」として見ないことです。 やることはシンプルで、恐怖というエネルギーの動きにしっかり注意を向けるだけです。そのとき、恐怖から逃げる必要も、逆に恐怖と一体化する必要もありません。ただ、恐怖をそのまま見て、気づき続けるのです。 これは最初、危険で怖いことのように思えるかもしれません。多くの人は、恐怖と真正面から向き合うことを避けます。でも実際にやってみると、恐怖は思っていたほど恐ろしくないとわかります。そして、この方法が一番シンプルで効果的だと気づくのです。 恐怖をコントロー
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チャート式人生

チャート式人生

人生の中で「ここが大事」という節目(ポイント)だけを押さえて、その節目同士をつなげながら生きていくやり方は、 目標や願いをいつも意識の中心に置いて、それらを図(チャート)のように整理して描くという特徴があります。 そういう生き方は、まるで人生をチャート(図表)のように考えるスタイルなので、 「チャート式人生」と呼べるかもしれません。 人生を図(チャート)のように整理しようとすると、 できるだけ損は少なく、できるだけ得を大きくという合理的な選び方を、 日々の中でくり返していくようになりがちです。 分析すること、考えて比べること、計画を立てること。 こうした行為は「賢く生きるための基本的な技術」として広く信じられています。 そのため、大人は子どもに、教師は生徒に、 あらゆる場面でこれらの重要さを繰り返し伝えようとするのです。 けれども、こうした**「計画を最優先にする生き方」を続けていると、 今この瞬間に自分が感じている現実を見ようとしなくなったり**、 心ここにあらずのまま、なんとなく通り過ぎてしまうような日々になってし
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サイの角

サイの角

サイの角のように、ただひとりで進め この言葉は、まわりに流されず、自分の道をしっかり歩く生き方をあらわしています。 ここでたとえられているのは、 誰かに頼ったり、教えてもらったりせずに、自分で大切なことに気づいた人の姿です。 人に何かを教えたり、仲間をつくったりせず、 静かに、ひとりで生きていく道を選んだ人です。 まわりに誰もいなくても、ただ1本でまっすぐに伸びるサイの角のように、 ひとりで歩く姿に、その生き方が重ねられています。 あるとき、その人が旅立とうとすると、そばにいた人たちがたずねました。 「これからどこに行くんですか?」 そして、こうも言いました。 「私たちのことを置いていってしまうんですか? もう必要ないんですか?」 その人は、こう答えました。 「私はもう、子どもすら欲しいとは思いません。  それなら友だちを求める理由なんて、なおさらありません。」 ひとりで生きることの静けさや自由を、心から実感して、 その人はうれしそうに、こう言いました。 「ひとりで生きよ。サイの角のように。」
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色は匂へど散りぬるを

色は匂へど散りぬるを

花は最初、とてもきれいで、みずみずしく、よい香りがします。でも、時間がたつと少しずつ元気をなくし、しおれて、やがて枯れてしまいます。どんなに私たちが大切に思っても、花の命は長く続きません。 花はいつか枯れてしまいます。だからといって、「どうせ枯れるから、もう花を楽しむのはやめよう」と思うでしょうか? それとも、「咲いている間はしっかり楽しもう。枯れたら少し寂しいけれど、その時は前に進もう」と思うでしょうか? これは、花だけの話ではありません。私たちの人生にある、喜びや幸せも同じです。
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learn or die

learn or die

人の心にはシンプルな傾向があります。つまり、自分が一番価値を感じているものに、自然と思考や関心が向かうということです。 たとえば、もしあなたが「お金」に一番価値を置いているなら、見習いとして働く場所も「もっとも給料の高いところ」を選ぶでしょう。 しかしそういった場所では、たいてい自分がまだ十分な準備ができていない段階でも、「その高い給料に見合う実力がある」と証明しなければならないという、強いプレッシャーがかかってきます。 あなたの関心は、自分のスキルを高めることではなく、「自分自身の不安をどう抑えるか」「上司や重要な人たちにどう好印象を与えるか」といったことに向いてしまいます。 失敗して学ぶ余裕もありません。なぜなら、失敗は「高い給料に見合っていない」と思われるリスクがあるからです。結果として、あなたは失敗を避けるようになり、慎重で守りの姿勢をとるようになります。 そして、時間が経つにつれ、高い給料があなたの生活の基盤となり、それがあなたの進路や考え方、選択までも縛るようになります。 やがて、若いうちにスキルを磨かなかったツケが回ってきて、その
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